蔭井谷の道づくり作業風景。以前は16戸から人が出て賑やかにやってきましたが、最近は高齢化が進んだことから上組4戸・中組4戸・下組3戸の11戸が主たるメンバーで機動力が落ちています。
ここんところ毎週、土曜~日曜日は出役仕事のオンパレードとなっています。
その原因は、従来から続いてきた出役だけじゃなく、役場からの下請けボランティアが増加しているからだって分析する人があります。
また、役場からボランティアの呼びかけが増えたと思う方から、「役場が出役を押しつける」的な視点でお叱りを受けることも増えました。
それだけ住民の心にも厳しい不況風が吹いているんだと心が痛みます。
確かに前町長時代にはボランティア育成に熱心だった記憶がありますが、今、本当に役場から出役を押しつけているのでしょうか?
確かに国民文化祭等では数千人という住民の出役で作品制作が進められましたし、町内一斉清掃や県道の草刈り等々と、色んな出役作業が続いており、ボランティア活動は本当にありがたいですね。
これらはそれぞれ色々な組織の自主的な取り組みだから、その活動が輝いているんだと思いますよ。
役場が出役をさせるって話は、多分に町内放送が原因でしょう。
それぞれ実行組織からの周知依頼によって町内放送をしますが、聞けば分かるとおり役場からの放送でも、内容は各主催組織の依頼に基づいたものに過ぎません。
本町の人口は少ない割に幅広いセクターの組織が数多く育っており、それぞれの組織に籍を置いたボランティアが活動しています。
現実には、ボランティア組織が増えたことが出役機会を増やした大きな原因だと思うので、組織強化を含めて統合等を積極的に進める必要を感じます。
(約10年昔、『やくがい』って言葉が流行りましたが、それは『役害』と書き、役職増加を象徴してました
)
しかし、組織というものはそれぞれが人格を持つので統廃合などは特に難しく、下手な働きかけをすれば、逆に弾き飛ばされるのが“落ち”です。
これは市町村合併等と同じで、一定の基本の中で蠢いている独特の原理がありそうです。
今日も“まつり道”と“たぬき小屋”という2件の出役作業があり、昼過ぎまでは道づくりボランティアに、その後はハウスの整理作業に顔を出しました。
実は、オレ個人は出役が嫌いな訳じゃありません。
慣れない作業が多いんで疲れますが、結構勉強にもなるんで楽しく(?)参加させて頂いてます。
当然ながら出役に出れば我が家の百姓仕事は山と残りますが、やはり地域の出役には出なきゃ肩身が狭いので否応無しに出席するという切り口でもあります。
例えばオレの場合、普段は金魚鉢のような閉鎖社会で仕事をしてるんで、地域の仲間と話を交わしたり、一緒になって汗を流す機会が極端に少ないんですよ。
そんなこんなで百姓と出役の両方をこなさねば地域の付き合いができないって訳で、田舎暮らしの素晴らしいところと若干の重荷部分が同時に存在してるんです。
現時点で、オレんとこは両親(86才)が頑張ってくれてますが、百姓仕事からはリタイアが間近いことを感じます。
あと4~5年は元気で現役を続けて欲しいと願うのは、無茶なことなのでしょうか?